三重県・鳥羽や志摩に根付く海女文化。
その勇ましい姿の裏側には、「海には何かがいる」と語り継がれる、ゾッとするような伝承がありました。
本記事では、実際に語り継がれてきた“怖い話”を5つご紹介し、なぜ海女たちが「セーマンドーマン」という魔除けの印を大切にしてきたのかを解説します。
1. トモカヅキ|そばに現れる“もうひとりの海女”
「ひとりで潜っていたはずなのに、隣に誰かがいる」
そんな不可解な体験は、鳥羽・志摩の海女たちの間で“トモカヅキ”と呼ばれ、昔から恐れられてきました。
その正体は、海の魔物とも言われており、アワビを差し出すなど親しげに近づきます。
しかし、その誘いに乗った海女は戻ってこなかったという話が数多く残されているのです。
2. 尻コボシ|河童のような海の魔物
「尻コボシ」は、尻から内臓を引きずり出すと伝えられる恐ろしい海の魔物。
特徴は頭に皿があり、鉄を嫌うといった陸の河童と共通しています。
実際に潜水中に失神する事故や水圧障害などを「尻コボシの仕業」として語ってきたと考えられています。
これに対抗するため、海女たちは山椒の枝を首にかけて海に潜ったと伝えられています。
3. 山椒ビラシ|刺す“見えない何か”
突然チクリと刺され、痛みが広がり呼吸が苦しくなるという体験。
この症状は「山椒ビラシ」と呼ばれ、霊的な存在に刺されたと恐れられてきました。
現在ではクラゲなど毒性生物によるものとされていますが、当時は正体が分からず、「海には人を刺す魔がいる」と信じられていたのです。
昭和になると注射で回復が早くなり、シャツを着用すると被害が減少したなどいわれています。
4. 海底の呼び声|返事をしてはいけない声
「お母さん」「◯◯ちゃん」
潜水中に家族や知人の声が聞こえるという現象。
しかし水面には誰もいない。その声は、もっと深くへと誘ってくるとも言われています。
返事をすると帰ってこられなくなるという言い伝えも。
今では幻聴や潜水障害による一時的な錯覚とも考えられますが、昔の人にとっては“海に棲むものの声”でした。
5. 海女同士の“見張り”の掟|道具や服に込められた意味
海女たちの間では、見知らぬ者に近づかない、潜水中は無闇に声をかけないなどの暗黙のルールが存在していました。
それは単に作業の効率や安全性のためではなく、「“魔”が人の姿をして現れる」という伝承があったからです。
そうした背景の中で生まれたのが、次に紹介する“お守り”としての印でした。
⭐なぜセーマンドーマンが必要とされたのか
これらの恐れから、海女たちは自分が“人間であること”を証明するために「セーマンドーマン」という印を身に着けました。
- セーマン(五芒星):一筆書きで無事に戻れる願い
- ドーマン(格子形):魔が入り込まない・目で見張る意味
磯着・道具・手ぬぐいなどに貝紫で描かれたこの印は、信仰であると同時に安全意識の象徴でもあります。
現在では神明神社(通称:石神さん)などでお守りとして販売されており、海女文化の重要な一部となっています。