神様

今さら聞けない?!【七福神】ってなんの神様?|名前、ご利益、なんで7柱?、、、

 

日本では昔から八百万(やおよろず)の神様がいるといわれてきました。

800万柱の神様(“柱”は神様を数える単位)がいるというわけではなく、「とてもたくさんの」という意味。

 

日本にいるたくさんの神様たちは、さまざまな個性や能力をそれぞれがもっていて、わたしたちはその神様自身の特化した能力を頼りに神社を訪れています。ご利益をもらいに行っているのです。

 

そんな中で、7人セットでよく登場する神様たちのことをご存知の方も多いと思います。

“七福神”です。

 

しかし、この七福神のそれぞれのお名前やご利益を知らない方も多いのでは?

 

今回はそんな七福神についてご紹介していきます!

 

 

【七福神のメンバー紹介】

 

まずは七福神のメンバーについてご紹介していきます。          

 

  • 恵比寿(えびす)
  • 大黒天(だいこくてん)
  • 毘沙門天(びしゃもんてん)
  • 寿老人(じゅろうじん)
  • 福禄寿(ふくろくじゅ)
  • 弁財天(べんざいてん)
  • 布袋尊(ほていそん)

 

以上の7柱の神様が七福神のメンバーです。

 

 

【七福神ってどんな神様?】

 

それぞれの神様の特徴とご利益をご紹介!

 

恵比寿(えびす)

 

商売繁盛

 

大量豊作

 

五穀豊穣

 など

 

平安時代の貴族のような服狩衣かりぎぬ)を着て、頭には烏帽子(えぼし)。

手には釣り竿と鯛を抱えた神様が恵比寿さまです。

 

七福神たちはインドや中国の神様であることが多いのですが、恵比寿さまは日本の神様です。

恵比寿のほかに、「恵比須」「」「」といった漢字表記もされるほか、関西地方では“えべっさん”とも。

事代主命(ことしろぬしのかみ)の別称ももちます。

 

えびすさまを祀る神社

大阪市浪速区 【今宮戎神社】→→→どんな神社?ご利益は?

 

大黒天(だいこくてん)

 

子孫繁栄

 

財宝

 

開運

 など

 

福の神とも信仰され、打ち出の小づち大きな袋がトレードマーク。

そばには米俵、それが大黒天です。

 

大黒さまともよばれていますね。

もともとはヒンドゥー教の神“マハーカーラ”と呼ばれ、想像と破壊を司るシヴァ神の化身という恐ろしい神様でした。

しかし日本に伝来の後、大国主命(オオクニヌシノミコト)と同一視されるようになり、今のような優しいお姿になったといわれています。

 

毘沙門天(びしゃもんてん)

厄よけ

 

財運

 

大願成就

 など

 

 

険しい表情、右手に、左手に宝塔(仏教の塔)をもった神様です。

 

七福神の中で唯一、険しい表情をしているのは戦いの神様としても知られているからかもしれません。

上杉謙信などの戦国武将も信仰していたことは有名です。

 

寿老人(じゅろうじん)

諸病平癒

 

長寿延命

 

子孫繁栄

 など

 

白いひげ頭巾というシルエットに、手には経典のついた杖

お供に鹿が描かれている神様が寿老人です。

 

桃も鹿も長寿を表すものとされ、寿老人のご利益を表していますね。

 

このあとに紹介します福禄寿と同じ神様だと見ることもあり、南極星の化身といわれています。

 

福禄寿(ふくろくじゅ)

長寿延命

 

子孫繁栄

 

財運招福

 など

 

長い頭に、白いひげ

手には杖や巻物をもっているのが福禄寿です。

お供に鶴や亀(長寿の象徴)を連れています。

 

寿老人と同じ神様とみられることもあり、南極星の化身といわれている神様です。

 

福禄寿というのは、人生において重要である

―幸福

―財産

寿―健康

を表す言葉でもあります。

 

 

弁財天(べんざいてん)

財運

 

金運

 

技芸上達

 

縁結び

 など

 

七福神の中での唯一の女性の神様。

羽衣という優美な姿に、琵琶をもっています。

 

インド神話に出てくる水神がモデルと考えられており、絶世の美女とも…

 

弁天さまと呼ばれることもありますね。

 

布袋尊(ほていそん)

 

笑門来福

 

夫婦円満

 

良縁

 など

 

大きなお腹に、優しい笑顔

着物は着崩しており、大きな袋をもった神様が布袋尊です。

 

持っている袋は堪忍袋ともいわれており、いつもニコニコしている布袋尊らしい持ち物と言えます。

 

実在の人物をモデルとしているといわれており、それは弥勒菩薩の生まれ変わりとも言われた中国の禅僧 契此(かいし)です。

優れた予知能力をもち、占いは百発百中だったともいわれています。

 

【なぜこの7柱の神様なの?】

 

この7柱の神様が七福神となった(選ばれた)ことにはさまざまな説があります。

 

筆者なりに勝手に説の名前をつけてみました

 

・仏教由来説

 

お経の中に登場する「即滅、七即生」という言葉から始まったという説です。

 

七難は、(中略)、例えば火難、水難、盗賊難などの七つです。

この七難を消滅すれば、七福が生ずるという訳です。

天台宗公式HPより

 

この考えから福の神と呼ばれる七福神信仰が生まれたといわれています。

 

 

・水墨画人気発祥説

 

室町時代には中国からの影響で、水墨画が多く描かれるようになりました。

その中でも、中国の“竹林の七賢図”を題材としたものが人気でたくさん描かれていました。

 

この七賢図から派生し、そのときに人々から信仰されていた七神を描くようになったのが始まりという説です。

この説によると、当初は今とは違った神様がメンバー入りしていたり、描く人によってメンバーが違ったりしていたそうです。

 

しかし、はじまりは人々の信仰対象のものから始まっているので、今のように人々に親しまれているのも納得です。

 

 

・家康が気に入ったから広まった説

 

天台宗公式HPには、徳川家康が気に入ったことで広まったとあります。

 

 七福神の信仰を世の中に弘めたのは、江戸時代の初めに上野の寛永寺を開いた天海大僧正だといわれています。大僧正は家康公に対し「公はこの乱世を治め、天下泰平の基(もとい)を築く福徳を備えている」と述べ、合せて七福神のもつ七つの福徳を書いて示しました。(中略)家康公はこれを見て大いに喜び、すぐに狩野探幽に命じてこの七福神の画を描かせました。これが今日わたしたちがよく見かける七福神の画の最初だといわれています。

 

江戸時代は特に大きな争いもなく、比較的穏やかだった時代。

その背景には、七福神たちの力があったのかもしれませんね。

 

 

 

どの説も、巡り巡って、人々の平穏を祈るための説ばかりです。

七福神はさまざまな目でわたしたちを見守ってくれているのようです☺

 

静岡県の伊東温泉には、七福神をモチーフにした「七福神の湯」があります。

→→→【静岡県:伊東温泉】全国温泉巡り|効能、泉質、見どころ、歴史、詳しくご紹介!

 

【おわりに】

 

当たり前にわたしたちの性格に根付き、福の神さまといえば「七福神!」となっていましたが、よくよく考えると、七福神全員の名前さえも言えないことに気付きました…

 

知り合いに聞いてみても、

 

「そういうもんじゃないの?」

「七福神っていうセットで福の神様でしょ」

 

という返事も…!!

 

ぜひ、七福神のそれぞれの神様のことを知り、よりご利益を得られるようになりますように!

 

 

 

 

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おじゃま まか

旅行好きの祖父母に物心つく前から日本中を連れ回された影響で、旅行大好きに! ひとり旅も友だちとの旅行もなにもかも好き。 友だちとの旅行では、行く土地の小さな雑学を仕入れて、旅先でひけらかすのが好き。笑 最近はキャンプにハマってるアラサーちゃん。

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